加古川の街を走る一台のオレンジのトラック。
それはただの車ではない。
車内にセット面とシャンプー台を備えた、まるごと“動く美容室”だ。
ハサミを握るのは、TEADA(ティーダ)代表・安大陽平さん。
美容師歴28年。
安大さんは今日も、施設や自宅へ向かう道路の上で、誰かの“生きる力”をつくっている。
■ 「来なくなった」お客様たちへの違和感が、すべての始まりだった

安大さんが美容師の道を歩き始めたのは、高校卒業後。
加古川の尾上の松にある地域密着の美容室で修行を積んだ。
下積みはつらかったが、スタイリストになり、多くのお客様を担当するようになると、美容師という仕事の奥深さに気づくようになっていく。
安大さんに長く髪を任せてくれていた高齢のお客様たちが、ある時期から少しずつ“来なくなった”。
——自分の腕が悪かったのだろうか。

安大さんは悩み、思い切ってそのうちの一人に連絡を取った。
返ってきた答えは、「体調をくずして倒れてしまって、美容室に行けなくなった」というものだった。
電話越しの声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。
「来たいのに来れない人がいる。それなのに、僕は何もできないのか?」
オーナーに「家へ行ってカットして来てもいいですか?」と頼んだが答えはNO。
法律的なグレーゾーンもあり、ケガのリスクなども理由に挙げられた。
それでも諦めきれず、安大はオーナーに黙ってお客様の家へ向かった。
「どうして、こんなに必要とされているのに、堂々とできないんだろう。」
胸に小さな怒りのような感情が芽生えた。
「いつか必ず、自分の思いをカタチにする」と安大さんが決めた瞬間だった。
■ 2010年、自分の城を構えたが――また“来られなくなる現実”に直面する

2010年、加古川・粟津に自身のサロンをオープン。(その後現在の場所に移転)
地域の高齢者たちも多く訪れ、店は少しずつ成長していった。
しかし年月が経つと、また同じ現象が起こった。
歳を重ねて歩けなくなる。
病気で外出が難しくなる。
気がつくと、高齢のお客様がぽつりぽつりと来店できなくなっていた。
さらにコロナが追い打ちをかけた。
美容室に行けない高齢者が一気に増えたのだ。
美容業界でずっと言われていた“2025年問題”。
外出が困難な高齢者が増え、美容室の来店客が激減する——
その未来が急に目の前まで迫ってきた。
「持続可能でいられない。
このままじゃ、美容師としても経営者としてもダメになる。」
焦りでも不安でもない。
もっと根源的な問題意識だった。
■ 移動美容室を“ゼロから作る”という挑戦

2019年秋。
安大さんは移動美容室の情報を集めはじめる。
前例は少なく、情報もほとんどない。
車両をどう作ればいいのか、車検が通るのか、法的なラインはどこなのか——。
それでも安大さんは動いた。
コープのトラックを買い取り、設計から動線、設備レイアウトまで自分たちで考えた。
行政書士と何度も相談し、車検もなんとか通した。
2020年。
ついに、加古川に“本物の移動美容室”が誕生した。
「流れ作業の訪問理美容では絶対にしたくない。
美容室に来る“ワクワク”を届けたい。」
それは単に髪を切るための車ではない。
長い時間、施設で暮らす人たちにとって、ときには“外出”そのものの価値がある。
車の中でカットを受け、鏡に映った自分を見て、表情が晴れていく——
その瞬間を、安大さんは何度も目の当たりにした。
■ 1日で50人切る日もある。それでも“話す時間だけは絶対に削らない”
今、TEADAは21の施設と契約し、月に平均10施設を回る。
1ヶ月150名ほどをカットする。
多い日は、8時半から12時半の4時間で50人を切ることもある。
計算すれば1人あたり約5分。
だが、安大さんはこう言う。
「どれだけ忙しくても、話す時間は絶対に削らない。」
なぜなら、会話こそその人の状態を知るヒントだからだ。
言葉にならない表情や仕草の変化を読み取り、髪型に反映する。
午前で施設を回り終えると、午後は個人宅へ。
駐車場に停めたトラックが、そのまま“美容室”に変わる。
■ 「座れないなら座らなくていい」 障害のある子どもたちも笑って帰れる美容室へ
安大さんの活動は、高齢者だけではない。
自分自身の子どもが知的障害を持つこともあり、障害のある子や大人のカットにも力を入れている。
朝8時〜10時は、知的障害のある子どものためにサロンを開放。
夜20時〜22時は、大人の利用者のために時間を設けている。
椅子に座れなくてもいい。
歩き回りながらでもいい。
「座ってくれたほうが切る側は楽。でも僕はプロだからね。」
その笑顔に、親たちはどれほど救われることか。
“無難”が大嫌いだと言う安大さん。
「自分じゃないとダメだ」と思ってもらえる価値をつくりたい。
その覚悟が、行動にまっすぐ現れている。
■ ALSの利用者がくれた言葉—— 「あなたは私の生きがいをつくってくれている」
長く活動する中で、忘れられない言葉がある。
ALSで体が動かなくなり、目線でしか意思疎通ができない方をカットしたとき。
鏡の前に立ったその人は、視線の動きだけでこう伝えてくれた。
「生きがいを与えてくれている」
別の日、元看護師で寝たきりになった女性からは、こんな言葉をもらった。
「看護師は“マイナスをゼロに戻す仕事”。でもあなたは“マイナスを120%の輝きにする仕事”。それが本当にすごい。」
その言葉を、安大さんは忘れないと言う。
「ありがとうって言われて、お金までいただける。最高の仕事やと思ってるんです。」
■ 1000万円の移動美容車を増やすという現実と、「堂々と認められる世界」をつくるという夢
移動美容車は1台1000万円。
簡単に増やせるものではない。
それでも、もっと多くの場所に届けたい。
もっと多くの“行けない人”の元へ行きたい。
法律の壁もまだある。
訪問美容の世界はいまだにグレーな部分が多い。
だからこそ、安大さんは言う。
「待ってても変わらへん。自分で動かないといけない。」
加古川から全国へ。
フランチャイズ化し、訪問美容の価値をもっと広げたい。
人と人のつながりを大切にしながら、
“訪問美容が当たり前の社会”をつくるのが夢だ。
■ 「訪問だからできないことなんて、何ひとつない」
安大さんの言葉には、現場で積み重ねてきた確信がある。
設備を整えた移動美容室。
どんな状態の人にも寄り添う姿勢。
プロとしての技術。そして覚悟。
「訪問だからできないことは、何ひとつない。相手が求めるスタイルを提供してこそ、プロ。」
彼は今日もトラックを走らせる。
鏡に映る自分の姿を見て、笑顔を取り戻す人に出会うために。
その瞬間をつくることが、
彼の生きがいであり、誇りであり、使命だ。
■ おわりに——加古川から広がる“美容の可能性”

美容師は、生まれてすぐの赤ちゃんから、人生の最期を迎えるその日まで寄り添える仕事——
安大さんはそう語る。
その場に“行ける”美容室。
その人の尊厳を守る美容師。
加古川から始まったTEADAの活動は、
これからもっと多くの場所で、人の人生に光を灯していくだろう。
■ 「健康に、長く、自分らしく生きる」ために——三建がTEADAを応援する理由
TEADA・安大さんの活動は、「年を重ねたから」「障害があるから」と、
できないことを増やしていく社会に、静かに問いを投げかけている。
どうすれば、これまでと変わらず“自分らしくいられるか”。
どうすれば、日常の中に楽しみや誇りを取り戻せるか。
その問いは、
三建が住まいづくりで大切にしてきた考え方と、深く重なっている。
三建が目指しているのは、「ただ長く住める家」ではなく、
健康に、そしてその人らしく、長く住み続けられる家。
年齢やライフステージが変わっても、
無理をせず、我慢をせず、
住まいが人の暮らしを支え続けること。
TEADAの移動美容室もまた、環境の変化によって失われがちな
「身だしなみを整える喜び」「人と向き合う時間」「前を向く気持ち」を、暮らしの中に取り戻している。住まいと美容。
分野は違えど、目指している先は同じだ。
人が、最後まで自分らしく生きること。
そのための“環境”を整えること。
三建は、「来たくても来られない人」を迎えに行き、
“もう一度、日常を楽しめる選択肢”をつくり続ける
TEADA・安大さんの挑戦に、強く共感し、この活動を応援しています。
加古川から生まれたこの取り組みが、
地域を越え、世代を越え、
健康で、豊かな暮らしを支える文化として広がっていくことを願って。
これからも三建は、住まいと暮らしの両面から、
人が健康に、長く、自分らしく生きられる社会を支えていく。

