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2026.01.23

美容室に行けない人に、光を届ける。移動美容室TEADA代表・安大陽平さんが“走り続ける理由”|-地域のミライ-vol.4

美容室に行けない人に、光を届ける。移動美容室TEADA代表・安大陽平さんが“走り続ける理由”|-地域のミライ-vol.4

加古川の街を走る一台のオレンジのトラック。
それはただの車ではない。
車内にセット面とシャンプー台を備えた、まるごと“動く美容室”だ。
ハサミを握るのは、TEADA(ティーダ)代表・安大陽平さん。
美容師歴28年。
安大さんは今日も、施設や自宅へ向かう道路の上で、誰かの“生きる力”をつくっている。

■ 「来なくなった」お客様たちへの違和感が、すべての始まりだった

安大さんが美容師の道を歩き始めたのは、高校卒業後。
加古川の尾上の松にある地域密着の美容室で修行を積んだ。
下積みはつらかったが、スタイリストになり、多くのお客様を担当するようになると、美容師という仕事の奥深さに気づくようになっていく。
安大さんに長く髪を任せてくれていた高齢のお客様たちが、ある時期から少しずつ“来なくなった”。
——自分の腕が悪かったのだろうか。

安大さんは悩み、思い切ってそのうちの一人に連絡を取った。
返ってきた答えは、「体調をくずして倒れてしまって、美容室に行けなくなった」というものだった。
電話越しの声を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。
「来たいのに来れない人がいる。それなのに、僕は何もできないのか?」
オーナーに「家へ行ってカットして来てもいいですか?」と頼んだが答えはNO。
法律的なグレーゾーンもあり、ケガのリスクなども理由に挙げられた。
それでも諦めきれず、安大はオーナーに黙ってお客様の家へ向かった。
「どうして、こんなに必要とされているのに、堂々とできないんだろう。」
胸に小さな怒りのような感情が芽生えた。
「いつか必ず、自分の思いをカタチにする」と安大さんが決めた瞬間だった。

■ 2010年、自分の城を構えたが――また“来られなくなる現実”に直面する

2010年、加古川・粟津に自身のサロンをオープン。(その後現在の場所に移転)
地域の高齢者たちも多く訪れ、店は少しずつ成長していった。
しかし年月が経つと、また同じ現象が起こった。
歳を重ねて歩けなくなる。
病気で外出が難しくなる。
気がつくと、高齢のお客様がぽつりぽつりと来店できなくなっていた。
さらにコロナが追い打ちをかけた。
美容室に行けない高齢者が一気に増えたのだ。
美容業界でずっと言われていた“2025年問題”。
外出が困難な高齢者が増え、美容室の来店客が激減する——
その未来が急に目の前まで迫ってきた。
「持続可能でいられない。
このままじゃ、美容師としても経営者としてもダメになる。」
焦りでも不安でもない。
もっと根源的な問題意識だった。

■ 移動美容室を“ゼロから作る”という挑戦

2019年秋。
安大さんは移動美容室の情報を集めはじめる。
前例は少なく、情報もほとんどない。
車両をどう作ればいいのか、車検が通るのか、法的なラインはどこなのか——。
それでも安大さんは動いた。
コープのトラックを買い取り、設計から動線、設備レイアウトまで自分たちで考えた。
行政書士と何度も相談し、車検もなんとか通した。
2020年。
ついに、加古川に“本物の移動美容室”が誕生した。
「流れ作業の訪問理美容では絶対にしたくない。
美容室に来る“ワクワク”を届けたい。」
それは単に髪を切るための車ではない。
長い時間、施設で暮らす人たちにとって、ときには“外出”そのものの価値がある。
車の中でカットを受け、鏡に映った自分を見て、表情が晴れていく——
その瞬間を、安大さんは何度も目の当たりにした。

1日で50人切る日もある。それでも“話す時間だけは絶対に削らない”

今、TEADAは21の施設と契約し、月に平均10施設を回る。
1ヶ月150名ほどをカットする。
多い日は、8時半から12時半の4時間で50人を切ることもある。
計算すれば1人あたり約5分。
だが、安大さんはこう言う。
「どれだけ忙しくても、話す時間は絶対に削らない。」
なぜなら、会話こそその人の状態を知るヒントだからだ。
言葉にならない表情や仕草の変化を読み取り、髪型に反映する。
午前で施設を回り終えると、午後は個人宅へ。
駐車場に停めたトラックが、そのまま“美容室”に変わる。

「座れないなら座らなくていい」 障害のある子どもたちも笑って帰れる美容室へ

安大さんの活動は、高齢者だけではない。
自分自身の子どもが知的障害を持つこともあり、障害のある子や大人のカットにも力を入れている。
朝8時〜10時は、知的障害のある子どものためにサロンを開放。
夜20時〜22時は、大人の利用者のために時間を設けている。
椅子に座れなくてもいい。
歩き回りながらでもいい。
「座ってくれたほうが切る側は楽。でも僕はプロだからね。」
その笑顔に、親たちはどれほど救われることか。
“無難”が大嫌いだと言う安大さん。
「自分じゃないとダメだ」と思ってもらえる価値をつくりたい。
その覚悟が、行動にまっすぐ現れている。

ALSの利用者がくれた言葉—— 「あなたは私の生きがいをつくってくれている」

長く活動する中で、忘れられない言葉がある。
ALSで体が動かなくなり、目線でしか意思疎通ができない方をカットしたとき。
鏡の前に立ったその人は、視線の動きだけでこう伝えてくれた。
「生きがいを与えてくれている」
別の日、元看護師で寝たきりになった女性からは、こんな言葉をもらった。
「看護師は“マイナスをゼロに戻す仕事”。でもあなたは“マイナスを120%の輝きにする仕事”。それが本当にすごい。」
その言葉を、安大さんは忘れないと言う。
「ありがとうって言われて、お金までいただける。最高の仕事やと思ってるんです。」

1000万円の移動美容車を増やすという現実と、「堂々と認められる世界」をつくるという夢

移動美容車は1台1000万円。
簡単に増やせるものではない。
それでも、もっと多くの場所に届けたい。
もっと多くの“行けない人”の元へ行きたい。
法律の壁もまだある。
訪問美容の世界はいまだにグレーな部分が多い。
だからこそ、安大さんは言う。
「待ってても変わらへん。自分で動かないといけない。」
加古川から全国へ。
フランチャイズ化し、訪問美容の価値をもっと広げたい。
人と人のつながりを大切にしながら、
“訪問美容が当たり前の社会”をつくるのが夢だ。

■ 「訪問だからできないことなんて、何ひとつない」

安大さんの言葉には、現場で積み重ねてきた確信がある。
設備を整えた移動美容室。
どんな状態の人にも寄り添う姿勢。
プロとしての技術。そして覚悟。
「訪問だからできないことは、何ひとつない。相手が求めるスタイルを提供してこそ、プロ。」
彼は今日もトラックを走らせる。
鏡に映る自分の姿を見て、笑顔を取り戻す人に出会うために。
その瞬間をつくることが、
彼の生きがいであり、誇りであり、使命だ。

■ おわりに——加古川から広がる“美容の可能性”

美容師は、生まれてすぐの赤ちゃんから、人生の最期を迎えるその日まで寄り添える仕事——
安大さんはそう語る。
その場に“行ける”美容室。
その人の尊厳を守る美容師。
加古川から始まったTEADAの活動は、
これからもっと多くの場所で、人の人生に光を灯していくだろう。

「健康に、長く、自分らしく生きる」ために——三建がTEADAを応援する理由

TEADA・安大さんの活動は、「年を重ねたから」「障害があるから」と、
できないことを増やしていく社会に、静かに問いを投げかけている。
どうすれば、これまでと変わらず“自分らしくいられるか”。
どうすれば、日常の中に楽しみや誇りを取り戻せるか。

その問いは、
三建が住まいづくりで大切にしてきた考え方と、深く重なっている。
三建が目指しているのは、「ただ長く住める家」ではなく、
健康に、そしてその人らしく、長く住み続けられる家。
年齢やライフステージが変わっても、
無理をせず、我慢をせず、
住まいが人の暮らしを支え続けること。
TEADAの移動美容室もまた、環境の変化によって失われがちな
「身だしなみを整える喜び」「人と向き合う時間」「前を向く気持ち」を、暮らしの中に取り戻している。住まいと美容。
分野は違えど、目指している先は同じだ。
人が、最後まで自分らしく生きること。
そのための“環境”を整えること。

三建は、「来たくても来られない人」を迎えに行き、
“もう一度、日常を楽しめる選択肢”をつくり続ける
TEADA・安大さんの挑戦に、強く共感し、この活動を応援しています。
加古川から生まれたこの取り組みが、
地域を越え、世代を越え、
健康で、豊かな暮らしを支える文化として広がっていくことを願って。
これからも三建は、住まいと暮らしの両面から、
人が健康に、長く、自分らしく生きられる社会を支えていく。